理 念
―理 念―
昨今、世界的に人々の「ココロの欠乏」が問題になっております。日本では、諺でも「健全な、魂は健全な、肉体に宿る」といわれてきました。昔から仕事であれ、武道であれ、「心、技、体」の重要性が説かれてきたのです。その三拍子揃ってバランスがとれていることが重要とされてきたのです。我々の追求する武道とは武術の修行と人生修業を共にし、真の意味で「心、技、体」を鍛えるべく指導して参ります。
(心)肉体的向上を第一とせず、礼節を学び、厳しい稽古を通して自分の弱さと向き合いそれを克服し、心・技・体を充実させた、社会でも通用する空手家の育成を目指します。昨今、努力や、根性といった精神論が毛嫌いされる風潮にありますが、人生において艱難、辛苦、から逃れることはできないはずです。それを克服するのが根性であり、克己の精神であります。もちろん一昔前、あまりにも道理に反した精神主義が蔓延ったのも事実ですが、その反動で努力や根性といった克己の精神までが薄れてしまっているのが現状ではないでしょうか。武道(命のやり取り)を通じて痛みを知り、いじめなどの不当な暴力に対して屈することなく、『人をいじめない』『いじめられない』更には『いじめを許さない』心を養います。また個人の能力がいかに優れていても、個人で成し得ることには限界があります。だからこそ道場を通じた人間関係の機微を学ぶ必要があるのです。道場においては、帯により序列が決められておりますがこの上下関係は絶対なものです。これは年齢、社会的地位に関係なく、いくら年若くとも帯が先輩であれば道場内外において先輩として敬わなくてはなりません。また先輩と呼ばれる側もそうである以上、空手の実力はもちろんのこと私生活に至るまで、きちんと自身の立場をわきまえて行動することが真に武道を目指す者の心構えであります。
(技)従来通りの一人の指導者の号令で、ただ漠然と決められた回数をこなすのではなく、まずはその基本の動きにどのような意味があるのかをしっかりと理解し、「基本の為の基本」に留まらず、本来の意味である「組手の為の基本」を体得させる指導を行います。そして本来殺人術である武術をいかに活人拳すなわちよき意味で人の助けとなる様に用いるかを指導して参ります。また技というのは武術的意味合いだけを指すのではなく社会に出て必要とされる対人コミュニケーション能力や美しい日常生活での振舞い方等の様々な人間力の育成にも社会人の諸先輩方の協力により力を注いで参ります。
(体)持久力(心肺機能)、持久筋は年齢と共に衰えますが相手を瞬時に制圧するのに必要な瞬発力、またその土台となる停止筋力は生涯に渡り鍛え続けられます。心が伴わなければ、いかに技術、体力が優れていてもそれはただの「暴力」であり、技術が優れていても体力がなければそれを活かしきることが出来ず、また体力のみでも限界があり、正しい動きを行わなければケガや故障を招く場合もあります。健全な肉体を作るにはもちろん健康な食生活や生活習慣も必要です。それに関しても私たちは食育プログラムをはじめ生活習慣病予防等のトータルな美しく健康な肉体作りのサポートに真剣に取り組んでゆきます。



